May 08, 2010

盆栽は姫リンゴのがあります

盆栽の姫リンゴラヌンことがございますので、ご紹介しておきます。この盆栽は、4月頃に花を咲かせるのです。ピンク色の可愛いつぼみをたくさん付け、花と、白い花です。花を見るだけでもいい盆栽なんですよ。花が咲いた後、緑色の実がつくはずです。これがだんだん大きくなって9月から11月頃には赤い実になりますねえ。
ツル性の盆栽に龍神づたというのがあるんです。その姿が空を上がっていく竜を連想させるのです。名前のつけ方が独特ですね。盆栽として最近人気が高まっている。龍神づたは茎の重量がないのです。そこで、幹が太く、それらは高価で取引されています。このように言うことをたくさん育てることは、大当りことができます。
 ■「人として大切なことは何か」を学ぶきっかけに

 「朝教室に入ると、黒板に私の名前と『死ね』と書いてありました」−。子供の頃に受けたいじめ体験。それをありのままに語った女子大生らの声を集めた書籍が先月、出版された。二十歳(はたち)を過ぎてなお深く心に残る傷痕。著者で京都ノートルダム女子大学・大学院の吉野啓子教授は「学生の声を通して、人として大切なことは何かを学ぶきっかけになれば」と話す。(横山由紀子)

 ◆内容にがくぜん

 この本は『いじめからあなたの笑顔を取り戻したい』(浪速社、1400円)。女子大生ら約150人のいじめの体験談が、幼稚園から小中高校、大学、社会人に至るまでの世代ごとにまとめられている。

 きっかけになったのは、吉野教授の「フェミニズム文化論」の講義。社会的に立場の弱い女性の問題を考えることが目的だが、学生たちに身近ないじめの問題からアプローチしようと8年前、学生たちにいじめ体験を無記名で書いてもらった。

 吉野教授は、想像をはるかに超える内容にがくぜんとした。

 アトピー性皮膚炎で顔が乾燥し、赤みがかっていたため「恐竜みたい」と言われた学生。小学3年から5年までいじめられたという学生は、「顔に墨を塗らせてくれたら無視しない」と友人に言われ、受け入れた。しかし、翌日も変わらず、「このとき人は信じてはいけないと思いました」と書いた。中学時代にいじめられた学生は、食事が喉を通らなくなり、過食症にもなり、「生きてきた中で一番つらい時期でした」と振り返った。中には、いじめる側だった自分の姿を正直につづり、「友達の苦しみを理解できなかった自分が嫌になる」と吐露する学生もいた。

 ◆人生の指針に

 吉野教授は、こうした事例をもとに授業の中で討論するつもりだった。だが、あまりに生々しく深刻な内容に衝撃を受け、当事者である学生の卒業を待つことにした。

 いじめをつづった文章には「つらい体験をしたからこそ、生きることや思いやりに気付くようになった」と、力強く前向きな言葉がいくつも記されていた。吉野教授は何度も読み返すうち、「これから社会に出て、つらい出来事に遭遇したときの人生の指針になるかもしれない」という思いがわき上がった。「学生にとどまらず、多くの人の力になれば」と出版を決めた。

 吉野教授は今年度後期、この本をサブテキストに使った授業を行っている。「いじめという行為は浅はかで、非人間的。そういう認識をしっかり持って、物事をしっかり見極める賢い女性になってほしい」と話している。

【関連記事】
ギャル語、沈黙…何でもありの書評バトル
今井夢子 処女小説「二の腕の花」第37話
宮崎駿監督の選ぶ児童文学50冊紹介 横浜の相鉄ギャラリー
「自炊」代行業者8割強が「今後は行わない」
ぴあ発行終了へ 39年の歴史に幕
浮世絵から着想したバレエ


 「撮るということにためらいはなかった。三脚も積んでいったぐらいですから」。東日本大震災で母を亡くした写真家、畠山直哉さん(53)の個展「ナチュラル・ストーリーズ」(産経新聞社など主催)が、東京都目黒区の東京都写真美術館で開かれている。これまでの作品から「自然と人間」をテーマに約140点を選んだ企画展だが、津波で大きな被害を受けた故郷・岩手県陸前高田市を撮影したシリーズは必見。日本を代表する写真家が、表現とどれほど誠実に向き合っているかを実感できるはずだ。(篠原知存)

 導入部の展示は「タイトルなし(もうひとつの山)」というシリーズだが、観客が目にする最初の1枚に写っているのは山ではなく、山の模型だ。それなのに、文句なしに美しく、静かで、不思議なくらい人の視線を引きつける。この「それなのに」が、畠山作品のキーワードだろう。視覚と思考、美醜、激しさと穏やかさ…二律背反的なものが多重化されて、写真に深みをもたらしていく。

 「自然と人間」というテーマは、東日本大震災からの復興を目指すいま、時宜を得たタイムリーな内容だが、選ばれた写真を眺めると、写真家がこれまでにも巨大なエネルギーやその痕跡を数多く撮影していることに気づかされる。

 代表作の「ブラスト」が典型的だ。石灰石の採掘現場で爆破の瞬間を連続撮影した。人間と自然とが共存する、その境界線の風景は、ときに暴力性を帯びる。初期作「ライム・ヒルズ」シリーズがとらえた、地形が変わるほど掘削された鉱山の風景もその一例といえる。

 そういう文脈で鑑賞すると、3月以降に撮影された「陸前高田 2011」は、まぎれもなく“作品”だと納得できる。本人も「報道写真は僕の仕事ではない」と言い切る。

 畠山さんは陸前高田市で生まれ、地元の小学校と中学校に通った。震災で母が行方不明になり、大混乱の中を5日間かけて実家のあった気仙地区にたどり着いた。目にした光景に「一瞬で何十歳も年を取ったような気がした」という。撮影を始めたのは、母の遺体が見つかってからだ。

 冒頭に記したとおり、カメラも三脚も持参しての帰郷だった。その態度は、まさに写真家としか言いようがないが、葛藤がないはずはない。「高みから俯瞰(ふかん)するようなことはできなかった」という畠山さんは、最新作と対面する壁に、スライドショーとして「気仙川 2002−2010」を展示した。

 額装されたデジタルフォトフレームに映し出されるのは、被災する前の実家周辺の風景だ。漁に出る男たち、祭りの夜、そして…亡き母。それはつかの間、像を結び、消えていく。「これまでの僕の写真には、僕という人間を説明するような情報は入っていなかった」と語る畠山さんが、あえて私的な情景を描く。

 「ただ、虚心坦懐(きょしんたんかい)に見せたい。こういうものを撮りました、と。そういう思いです」

 これは転機なのだろうか。内覧会の日、さらりと語った、こんな言葉が印象に残る。「作品を並べたとき、(それぞれの作品に何が写っているかではなく)その間にあるものが伝わるなら、そこに核心のようなものがあるかもしれない」

 震災後の写真と、それまでの作品の間に横たわるもの。その連鎖と飛躍。いま、日本中の写真家が直面している課題に、畠山さんも真っ正面から挑んでいる。

 12月4日まで、月曜休。一般700円。問い合わせは東京都写真美術館(電)03・3280・0099。

Posted at 08:39 in Company | WriteBacks (0) | Edit
WriteBacks
TrackBack ping me at
Post a comment

writeback message: Ready to post a comment.